サッカーのルール改正は思いつきで行われているわけではありません。ルール改正を決めるのは国際サッカー連盟(FIFA)の外に設けられた国際サッカー評議会(IFAB)という組織です。重大なルール改正については通常数年間の「公式テスト期間」を設け、ユース年代のリーグなどで試行してから本採用となります。ところが今、その試行が7年から8年になろうというアイデアがあります。2017年のIFABの年次総会でテストが認められた「一時的退場(シンビン)」の制度です。
アイスホッケーでは古くから行われ、近年になってラグビーでも採り入れられた一時的退場。サッカーで言えば、「イエローカード」と「レッドカード」の中間、言ってみれば「オレンジカード」に当たるものでしょうか。
しかしいくつかの国々では、この制度をまったく違った意味で利用し、サッカーの価値を高めようとしています。イングランドサッカー協会がその一例です。
17年に「公式テスト」が許可されると、イングランドでは数多くの「グラスルーツ」の大会で「シンビン」を採り入れることを決めました。その目的はただひとつ。レフェリーへの「異議」をなくすことです。
レフェリーとは、本来、公平に試合をするために両チームから委託されて試合の判定を任された人です。人間ですからもちろん間違いはあるでしょう。しかし「自分たちからお願いした」という本来の意味を考えれば、レフェリーの決定に異議を唱えるのが考え違いであることは誰にでも分かります。レフェリーだけでなく選手も人間ですから、「え!今のがファウル?」と思う瞬間があるでしょう。しかしその一瞬後には、レフェリーの決定に従って行動しようと思うのが、本来のサッカー選手というものです。
ところが近年では、判定に激しく、あるいは執拗に抗議したり、行為やジェスチャーで不服を示したりすることが非常に多くなりました。ある調査によると、イエローカードの4分の1は、こうした「異議」によるものだそうです。
そこでイングランドでは、男女、年代を問わず、週末に行われているグラスルーツ(草の根)のサッカー大会で、「異議によるイエローカードには10分間(80分ゲームでは8分間)の一時的退場」という規定をつくってIFABの「公式テスト」に参加したのです。
目的は「落ち着かせ、考える時間を与える」ことにあります。一時的退場を命じられた選手はチームのベンチに戻り、監督やコーチと話すことができます。そして10分たったらプレーに戻ることができるのです。
ラグビーの「シンビン」は「イエローカードより重く、レッドカードより軽い」たぐいの反則や違反行為に対して課される「懲罰」ですが、イングランドサッカー協会のものは、より「教育」的な意味を持っているように思います。
「一時的退場」があるため、残りの時間に例えばラフプレーによってもう1枚イエローカードを受けても退場にはならないそうです。
イングランドサッカー協会はレフェリーに対する異議がサッカーという競技に及ぼしている害悪に注目し、なんとかゼロにしようという努力を続けてきました。この協会が世界に先駆けて「リスペクト・プログラム」を始めた最大の目的は、レフェリーを守り、サッカーという競技を守ることにありました。
IFABの承認を受けて始まった「公式テスト」の結果は、驚くべきものでした。なんと、このテストに参加した大会では、「異議」によるイエローカードが38パーセントも減少したというのです。そして参加した選手、コーチ(監督)、レフェリーの多くが、アンケートに対し、この制度を続けるべきだと答えているそうです。
「シンビン(罪の箱)」という名称は重いものですが、何か適切な名称を考えて、日本でも「公式テスト」に参加してみたらどうだろうかと、イングランドサッカー協会のホームページでこの制度の解説を読みながら考えました。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2024年4月号より転載しています。
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