FIFAワールドカップカタール2022は、半自動オフサイドシステムの導入など、審判員とテクノロジーの融合が図られた大会となった。日進月歩で進化する世界の審判界に日本サッカー協会(JFA)はどのように追随し、トップに迫ろうとしているのか。JFA審判委員会の扇谷健司委員長にワールドカップでの審判のトレンド、そして、世界トップレベルの審判員の強化に向けた取り組みを聞いた。
○インタビュー日:2023年1月17日
※本記事はJFAnews2023年2月号に掲載されたものです
熱狂の中で信念を貫くレフェリーとしての矜持
――審判員の強化を考える上で世界大会は大きな指針になります。まずは昨年行われたFIFAワールドカップカタール2022の総括をお願いします。
扇谷 私も10日間ほど現地で大会を視察しましたが、率直に言ってとても面白い大会でした。スタジアムの中は思ったほど暑くはなかったため、選手もプレーしやすかったでしょうし、それによって素晴らしい試合が増えたと思います。また、日本からは山下良美審判員が女性として初めてワールドカップに参加しました。日本サッカーにとっては、サムライブルー(日本代表)の活躍が最大のトピックでしたが、そこにプラスして日本人の審判員が参加できたことは非常に喜ばしいことだったと思います。
――審判目線で見ると、どのような特徴があったと言えるのでしょうか。
扇谷 半自動オフサイドシステムは非常に画期的で、大きな特徴だったと思います。ただ、これは限られた大会でしか運用できないものでしょう。欧州のプレミアリーグやセリエAでの導入が検討されているようですが、全てのカテゴリーに取り入れるのは難しいのではないでしょうか。
全体を振り返ると、判断に困る難しい場面はありましたが、これはあり得ない、と思わされるようなジャッジはほとんどなかったように思います。主審の大きな判定ミスはVAR(ビデオアシスタントレフェリー)の介入やオンフィールドレビュー(※)につながりますが、そういった事例もそれほど多くありませんでした。ピッチにいる主審、副審、第4の審判員がしっかりジャッジするという審判員の本質を再確認できましたし、テクノロジーはあくまでも審判員をサポートするためのものであるということをあらためて考えさせられました。
※VARによる主審への助言の後に主審が該当するシーンをモニターで見て自らの判定を確認すること
半自動オフサイドシステムが導入され、審判員とテクノロジーの融合が加速した大会となった
――審判員のレベルの高さを感じられたということですね。
扇谷 非常に高かったと思います。試合自体のレベルも高く、また、スタジアムでサポーターがつくり出す雰囲気は、審判員がなかなか経験できないほどの熱狂を生み出していました。ブラジルやアルゼンチンのような強豪チームはもちろん、地理的に開催地に近いチュニジアなどの試合もかなり盛り上がっていました。そういった雰囲気の中で、審判員が自分を見失わずに意思を貫くというのは非常に鍛錬が必要なことだと思います。彼らの毅然(きぜん)とした姿勢には見習うべきところが多かったですし、選手との関わり方や自分のジャッジを貫く意思などは非常に参考になりました。
世界基準を目指して審判員の海外派遣を復活
――アディショナルタイムの長さも特徴的でした。
扇谷 これは議論が分かれる点だったと思います。山下審判員が帰国したときに話を聞いたのですが、今大会ではピッチ上に5人の審判員がいて、4人のVARを合わせると合計9人の審判員が一つの試合を担当していました。第5の審判員が時計を止める、動かすといった第4の審判員をサポートする役割を積極的に行っていたそうです。そのおかげで第4の審判員はより試合に集中することができたと。スローインでは時計を止めないなどの配慮もあったようですが、競技規則の中で時間の浪費について書かれているもの、つまり競技者の負傷や交代、VARの介入でプレーが止まった場面などはしっかりと時計を止め、それが積み重なったことであのような長さになったと聞いています。前後半を合わせると1試合平均10分以上のアディショナルタイムが取られたそうですが、グループステージからノックアウトステージに至るところで少し短くなったのは、FIFA(国際サッカー連盟)の若干の配慮があったのだろうと思います。
――今後、日本国内の試合でもこの方針に則っていくのでしょうか。
扇谷 国内の方向性はわれわれ審判側だけで決めることはできないので、関係各所との議論が必要になります。こうしたルールの適用で難しいのは、大会ごとなのか、地域・都道府県の試合も含めた全てを対象とするのか、という点です。地域や都道府県の大会で導入するのは難しいでしょう。それは、必要となる審判員の人数が確保できないということもありますし、スタジアムなど施設の使用時間も限られるからです。もちろん厳格に時間を計測することが前提ではありますが、難しい場合もあります。それで関係各所と協議した結果、日本では適用せず、これまでと同じやり方で進めることになりました。
――ワールドカップで見られた世界的なトレンドを踏まえて、日本として今後どのようなビジョンを掲げて取り組んでいかれますか。
扇谷 まずは、男子と女子のサッカーはもちろん、フットサルやビーチサッカーも含め、ワールドカップと呼ばれる大会に可能な限り多くの審判員が選出されるようにならなければなりませんし、そのための強化を考えていかなければならないと思っています。もちろんパフォーマンスの向上は審判員自身の課題でもありますが、そこに対してわれわれがどのようなサポートができるか。コロナ禍の影響でここ3年ほどは海外に審判員を派遣できない状況でしたが、昨年ようやくイングランドに荒木友輔、長峯滉希、小泉朝香の3人を派遣することができました。今年は審判員の海外派遣をさらに増やしていきたいですし、フットサルに関しても海外からの審判指導者を短期的に招聘して、今の世界の潮流を含めて学べるようにしたいと考えています。ワールドカップの審判員に誰が選出されるかはFIFAの発表まで分かりません。ただ、圧倒的な実力があれば確実に選出されると思いますので、トップレフェリーの強化に向けて海外で試合を担当する機会を増やしていきたいと思っています。
後編は3/30掲載予定です。